万物の蒼々たる中に柘榴の花のかつと赤く咲きでたのを見ると、毎年のことだが、私はいつも一種名状のしがたい感銘を覚える。近頃年齢を重ねるに従つて、草木の花といふ花、みな深紅のものに最も眼をそばだて愛着を感ずるやうに覚えるが、これはどういふ訳であらう。
私にはいつも、自然は強大な或は繊細なあらゆる美の手段をつくして、沈滞する人の心をつねに眼ざめしめようと、人人の心に向つて不断に好機を捉へようとして待ちかまへてゐるもののやうにさへも思はれる。私の心がたまたまさういふ機縁にふれて、何かしら直截な生命感とでもいつていいやうな、そのまますぐと納得のゆくある感じでもつて眼のさめるやうに覚える時、私はまたいつも、自然の方の側に不断にその用意の整つてゐたのがほのかに推し測られるやうにさへも思はれるのである。

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