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2021年2月5日金曜日

『春は馬車に乗って』横光利一


妻は彼から
花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女はその明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚として眼を閉じた。


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2021年2月4日木曜日

『詩集 北川冬彦の花電車 序』横光利一


今まで、私は詩集を読んでゐて、涙が流れたといふことはない。しかし、稀らしい。私はこの「花電車」を読みながら涙が頬を伝って流れて来た。極暑の午後で、雨もなく微風もない。ひいやりと流れて来たのはひと条の涙だけ――ああこれは、おれの涙かなと私は思ひ、詩人の貌をしばらく遠空に描いてゐた。私はこの風顔が好きである。


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2021年2月3日水曜日

『花園の思想』横光利一


「あの
百合の花を、この部屋から出して。」と妻はいった。 百合の匂いは他の花の匂いを殺してしまう。―― 「そうだ、この花は、英雄だ。」


彼は暫く、その眼前に姿を現わした死の美しさに、見とれながら、恍惚として突き立っていた。と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中へ降りていった。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/card4735.html

『草の中』横光利一


二人は長らく默つて草の中からその病人の部屋を覗いてゐた。草の緑の匂ひが微風に搖られてさまようて來た。時々星が斬りつけるやうに流れた。遠くの道を歸る馬子の唄が聞えて來た。村はだんだんと眠つていつた。梨畑の番小屋の中で火が赤く燃え始めた。足を延ばし變へると草は冷めたかつた。さうして露は葉の上に降り始めた。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/card60018.html