2021年2月5日金曜日

『針金細工の詩』佐藤春夫


日本語はたしかに、あまりに多く美しい女人たちの心情の亡霊に煩はされてゐる。さながらに感傷の野の
花束のやうなのが日本語である。それはまた多くの女人たちの悲しみの手で紡がれて、かくも柔軟、かくも光沢美しくなつたのでもあらう。


https://www.aozora.gr.jp/cards/001763/card58822.html

『春は馬車に乗って』横光利一


妻は彼から
花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女はその明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚として眼を閉じた。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/card904.html

『金色の死』谷崎潤一郎


甘い、鋭い、芳しい、いろ/\の花の薫りが頻りに私の嗅覚を襲いました。車輪の廻転するまゝに揺られ揺られる瑶珞(ようらく)のような
花束を慕って二人の周囲には間断なく蝶々の群が舞い集い、藪鶯のけたゝましい声が折々私の耳朶を破ります。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000291/card1815.html

『魚の序文』林芙美子


彼女は、その
花束を如何にも花屋から買ったかのように紙に包んで、風呂敷をかかえ日向の道へ小犬のように出て行った。僕は起きあがって窓ッぷちへ腰を掛けて墓の道を眺めた。墓を囲んだ杉や榎が燃えるような芽を出している。僕にはなぜか苦しすぎる風景であった。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000291/card1815.html

『亡びゆく花』岡本綺堂


からたちは古家や古寺にふさわしいような一種の幽暗な気分を醸し成す
植物であるらしい。からたちの生垣のつづいているような場所は昼でも往来が少い。まして夕方になるといよいよ寂しい。その薄暗い中にからたちの花が白くぼんやりと開いている。どう考えてもさびしい花である。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/card49529.html

『パンドラの匣』太宰治


この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。

「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るようです。」 さようなら。

『行人』夏目漱石


お貞さん、結婚の話で顔を赤くするうちが女の
だよ。行って見るとね、結婚は顔を赤くするほど嬉しいものでもなければ、恥ずかしいものでもないよ。それどころか、結婚をして一人の人間が二人になると、一人でいた時よりも人間の品格が堕落する場合が多い。


https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/card775.html