2021年2月5日金曜日

『針金細工の詩』佐藤春夫


日本語はたしかに、あまりに多く美しい女人たちの心情の亡霊に煩はされてゐる。さながらに感傷の野の
花束のやうなのが日本語である。それはまた多くの女人たちの悲しみの手で紡がれて、かくも柔軟、かくも光沢美しくなつたのでもあらう。


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『春は馬車に乗って』横光利一


妻は彼から
花束を受けると両手で胸いっぱいに抱きしめた。そうして、彼女はその明るい花束の中へ蒼ざめた顔を埋めると、恍惚として眼を閉じた。


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『金色の死』谷崎潤一郎


甘い、鋭い、芳しい、いろ/\の花の薫りが頻りに私の嗅覚を襲いました。車輪の廻転するまゝに揺られ揺られる瑶珞(ようらく)のような
花束を慕って二人の周囲には間断なく蝶々の群が舞い集い、藪鶯のけたゝましい声が折々私の耳朶を破ります。


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『魚の序文』林芙美子


彼女は、その
花束を如何にも花屋から買ったかのように紙に包んで、風呂敷をかかえ日向の道へ小犬のように出て行った。僕は起きあがって窓ッぷちへ腰を掛けて墓の道を眺めた。墓を囲んだ杉や榎が燃えるような芽を出している。僕にはなぜか苦しすぎる風景であった。


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『亡びゆく花』岡本綺堂


からたちは古家や古寺にふさわしいような一種の幽暗な気分を醸し成す
植物であるらしい。からたちの生垣のつづいているような場所は昼でも往来が少い。まして夕方になるといよいよ寂しい。その薄暗い中にからたちの花が白くぼんやりと開いている。どう考えてもさびしい花である。


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『パンドラの匣』太宰治


この道は、どこへつづいているのか。それは、伸びて行く植物の蔓に聞いたほうがよい。蔓は答えるだろう。

「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るようです。」 さようなら。

『行人』夏目漱石


お貞さん、結婚の話で顔を赤くするうちが女の
だよ。行って見るとね、結婚は顔を赤くするほど嬉しいものでもなければ、恥ずかしいものでもないよ。それどころか、結婚をして一人の人間が二人になると、一人でいた時よりも人間の品格が堕落する場合が多い。


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『草枕』夏目漱石


こうやって、煦々たる春日に背中をあぶって、椽側に
の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽である。考えれば外道に堕ちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸もしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。


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『それから』夏目漱石


代助は、百合の
を眺めながら、部屋を掩オオう強い香の中に、残りなく自己を放擲した。彼はこの嗅覚の刺激のうちに、三千代の過去を分明に認めた。その過去には離すべからざる、わが昔の影が烟の如く這い纏わっていた。彼はしばらくして、「今日始めて自然の昔に帰るんだ」と胸の中で云った


彼は雨の中に、百合の中に、再現の昔のなかに、純一無雑に平和な生命を見出した。その生命の裏にも表にも、欲得はなかった、利害はなかった、自己を圧迫する道徳はなかった。雲の様な自由と、水の如き自然とがあった。そうしてすべてが幸(ブリス)であった。だから凡てが美しかった。


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『趣味の遺伝』夏目漱石


伽藍と剥げた額、化銀杏と動かぬ松、錯落と列ナラぶ石塔――死したる人の名を彫む死したる石塔と、
のような佳人とが融和して一団の気と流れて円熟無礙の一種の感動を余の神経に伝えたのである。


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『太陽と鉄』三島由紀夫


「文武両道」とは、散る
と散らぬとを兼ねることであり、人間性の最も相反する二つの欲求、およびその欲求の実現の二つの夢を、一身に兼ねることである。

『波千鳥』川端康成


悔いの火のなかに蓮華の
の咲いている思いもありました。私はあなたを愛していたのですから、あなたが私になにをなさろうと、醜いなぞということはないはずです。私は夏の蛾のように火に近づいて行ったのです。

『さざん花』川端康成


その子は生ある人であったのか、私はなんとも言えない。それは母胎のなかにいただけだ。この世の光に触れなかった。心というようなものは持たなかったかもしれぬ。しかし私達と五十歩百歩だろうし、あるいは最純粋で最幸福な生であったと言えるかもしれない。

『化粧の天使達』川端康成


ここへ来る汽車の窓に、曼珠沙華が一ぱい咲いていたわ。 あら曼珠沙華をごぞんじないの? あすこのあの
よ。 葉が枯れてから、花茎が生えるのよ。 別れる男に、の名を一つは教えておきなさい。 は毎年必ず咲きます。

『青い花』谷崎潤一郎


骨と皮がミシミシ云って、「もう溜らない、堪忍してくれ」と泣き声を出すまで抱きしめてやる。それでも降参しなければまだいくらでも誘惑してやる。皮が破れて、ありもしない血がたらたらと流れて、シャリッ骨が一本々々バラバラになるまで可愛がってやる。そしたら幽霊も文句はなかろう。

『神と人との間』谷崎潤一郎

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彼は童話の中などにある、たった一輪野原に淋しく咲いている薔薇のを想像した。自分の心臓はその薔薇のだ。孤独であれば孤独であるほどの薫りはいよいよ高く匂わずにはいない。たとえその薫りを彼女が認めずに終ってしまっても、それでも自分のした事は徒爾(とじ)ではない。

『創造』谷崎潤一郎


お前の体のどの部分にも、己は『不思議』を見る事が出来る。お前の深い瞳の底には、汲んでも盡きせぬ愛の泉が湧いて居る。お前の紅い唇の端には、昆虫の生血を貪る毒草のように誘惑の
が咲いて居る。

『肉塊』谷崎潤一郎


どうせ自分は
を咲かせる折もなく埋れてしまう体ではないか。籠の中に生きて籠の中に死ぬ運命だとすれば、どんな女を妻にしたとて同じではないか。

『若菜のうち』泉鏡花


竜胆
の影が紫の灯のように穂をすいて、昼の十日ばかりの月が澄む。稲の下にも薄の中にも、細流(せせらぎ)の囁くように、ちちろ、ちちろと声がして、その鳴く音の高低に、静まった草もみじが、そこらの刈りあとにこぼれた粟の落穂とともに、風のないのに軽く動いた。


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『柿』土田耕平


私の村は「柿の木の村」でした。家といふ家のまはりには、大きな小さな柿の木が、立ち並んでゐました。夏は、村ぢゆうが深い青葉につゝまれ、秋はあざやかな紅葉に染まりました。紅葉がちつてうつくしく色づいた実が、玉をつづつてゐるのを見るのは、どんなにたのしかつたでせう。


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『落日の光景』外村繁


しかし今日の暖気の中には、花の香りはなかった。やはりこの花の香は、早春の寒冷な空気の中に漂い匂うのがふさわしいのか知れない。私は病院の正門を入り、
沈丁花の植込の方へ行ってみる。沈丁花の花弁の紫色はすっかり色褪せてしまっている。盛りを過ぎた花の香りは極めて儚い。


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