こうやって、煦々たる春日に背中をあぶって、椽側に花の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽である。考えれば外道に堕ちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸もしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。
地球を一つの生命体と考える。その生命体から人間を見る。人間はどのように見えるのか?・・・医者がいたら何をするか?そのウイルスを除去する。
2021年2月5日金曜日
『草枕』夏目漱石
こうやって、煦々たる春日に背中をあぶって、椽側に花の影と共に寝ころんでいるのが、天下の至楽である。考えれば外道に堕ちる。動くと危ない。出来るならば鼻から呼吸もしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。
『それから』夏目漱石
代助は、百合の花を眺めながら、部屋を掩オオう強い香の中に、残りなく自己を放擲した。彼はこの嗅覚の刺激のうちに、三千代の過去を分明に認めた。その過去には離すべからざる、わが昔の影が烟の如く這い纏わっていた。彼はしばらくして、「今日始めて自然の昔に帰るんだ」と胸の中で云った
彼は雨の中に、百合の中に、再現の昔のなかに、純一無雑に平和な生命を見出した。その生命の裏にも表にも、欲得はなかった、利害はなかった、自己を圧迫する道徳はなかった。雲の様な自由と、水の如き自然とがあった。そうしてすべてが幸(ブリス)であった。だから凡てが美しかった。
『趣味の遺伝』夏目漱石
伽藍と剥げた額、化銀杏と動かぬ松、錯落と列ナラぶ石塔――死したる人の名を彫む死したる石塔と、花のような佳人とが融和して一団の気と流れて円熟無礙の一種の感動を余の神経に伝えたのである。
『さざん花』川端康成
その子は生ある人であったのか、私はなんとも言えない。それは母胎のなかにいただけだ。この世の光に触れなかった。心というようなものは持たなかったかもしれぬ。しかし私達と五十歩百歩だろうし、あるいは最純粋で最幸福な生であったと言えるかもしれない。
『化粧の天使達』川端康成
ここへ来る汽車の窓に、曼珠沙華が一ぱい咲いていたわ。 あら曼珠沙華をごぞんじないの? あすこのあの花よ。 葉が枯れてから、花茎が生えるのよ。 別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。 花は毎年必ず咲きます。
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